久能山東照宮

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久能山東照宮の由来

久能山東照宮の由来

御祭神

徳川家康公(東照公)

相殿

豊臣秀吉公
織田信長公

由来

御祭神である徳川家康公はご幼少のころよりあらゆる艱難辛苦を跳ね除け征夷大将軍に就かれました。晩年を駿府(現在の静岡市)で過ごされた家康公は、元和2年(1616年)4月17日に75年の生涯を大成されました

亡くなる直前、家康公は家臣たちに「遺骸は久能山に埋葬すること」を遺命として託されました。二代将軍徳川秀忠公は直ちにそれを実行し、また久能山に家康公を祀る神社を造営することを発令しました。これが久能山東照宮の始まりです。

大工棟梁には中井正清が選ばれ同年5月に着工、1年7ヶ月の期間で社殿が建てられました。当時最高の建築技術・芸術が結集された「権現造」の様式は、日光東照宮を始めとする全国の東照宮建築のひな形とされました

また、棟梁中井正清はその生涯で名古屋城(国指定特別史跡)・仁和寺(重要文化財)・二条城(国宝、世界文化遺産)など現在にも残る重要な建造物を手がけましたが、久能山東照宮は晩年の傑作であるという評価から、平成22年に国宝に指定されております。

国宝指定「久能山東照宮 本殿・石の間・拝殿」についてはこちら国宝指定 久能山東照宮社殿 特設ページ

祭礼・行事

久能山東照宮では元旦の歳旦祭より大晦日の除夜祭に至るまで、年間を通じ約60回の祭礼・行事が執り行われます。中でも盛大に行われるのが御例祭(4月17日)および春季・秋季大祭(2月17日及び10月17日)です。

御例祭

家康公が亡くなられた4月17日に行われる大祭です。

徳川宗家当主を司祭に迎え、特別に調えられた「三品立神饌」の供進や、江戸時代に駿府代官所・町人より野菜・菓子が献納された故事に基づく「神供進献の儀」など、厳粛な雰囲気の下で祭礼が執り行われます。

 

●三品立神饌(さんぼんだてしんせん)

御例祭の時にのみ神前に献じられる特殊神饌です。

東照宮創建より明治5年(1872)まで献じられていたものが、東照宮350年祭を機に再興され現在に至っています。山海の約50種類の食材が金属製の特殊器具に盛られる、全国的に類例の少ない格別のお供え物です。

 

春季大祭

2月16日から17日にかけて行われる祭礼です。

●16日…御具足祭(おんぐそくさい)

江戸時代に将軍家・武家で行われてきた具足飾りの祝儀を神社祭祀に取り入れ行われている祭礼です。歴代将軍の具足(ぐそく)3領を社殿石の間・拝殿に飾り、各種縁起物と丸餅・菱餅で構成された「具足餅」が各具足に供えられます。歴代将軍の具足が凛とした雰囲気を漂わせる中、国の隆昌と世界平和を祈願致します。

●17日…春季大祭

江戸時代は旧暦1月17日を「その年最初の御神忌の日」として大祭が行われており、明治以降もこれが継承されていましたが、明治43年の新暦(太陽暦)採用に伴い2月17日に改めて行われている大祭です。全国の神社で行われる祈年祭の日にも当たり、天下泰平と五穀豊穣を祈願致します。

 

秋季大祭

江戸時代、旧暦9月17日に行われていた大祭が新暦10月17日に改められ、秋季大祭として行われています。

家康公が「東海一の弓取り」と称されたことにちなみ、式次第中に「巻藁式」が行われます。また、家康公がご幼少の頃を過ごされた臨済寺から僧侶たちが参集し、家康公の眠る神廟前で読経が行われます。

 

主な諸行事

毎月 1日 月始祭  
毎月 17日 月次祭  
毎月 26日 月次誕辰祭  
       
1月 1日 歳旦祭  
1月 3日 元始祭  
1月 11日

御鏡開き奉告祭
特殊な形状の餅を本殿三座に供え、また行事として鏡餅が十字に開かれる。

2月 3日

古儀節分祭
1月中旬より社殿に鬼撃木(おにうちぎ)と呼ばれる飾り付けを行い、節分祭当日は盛大に豆撒きが行われる。

6月 30日 大祓式 夏越しの払い
12月 13日 御煤払  
12月 31日 大祓式・除夜祭  
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